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カトリック入門

第256回 第八の掟「真理に反する罪」【動画で学ぶ】

(序)
*キリストの弟子は「神にかたどって造られた新しい人を身に着け、真理に基づいた正しく清い生活を」(エフェソ4・24)送ります。「偽りを捨て」(エフェ4・25)、「悪意、偽り、偽善、ねたみ、悪口をみな」(一ペトロ2・1)捨て去らなければなりません。

1 偽証と偽りの宣誓
*真実に反することを公の場で表明すれば、特別に重大な罪となります。裁判所で行えば偽証となり、宣誓のもとに行われれば偽りの宣誓となります。このような行為は、無実のものを有罪にしたり、犯罪者を無罪にしたり、被告の受ける罰を大きくしたりするような結果をもたらし、正義の実行や裁判官による判決の公正さを非常に危うくさせていまいます。
*他人に不当な損害を与える可能性がある態度を取ったりことばを使ったりすることは、人の名誉を守るために、すべて禁じられます。
 ※たとえ口には出さなくても、十分な根拠もないのに隣人に道徳的欠陥が本当にると考える者は、軽率な判断の罪を犯します。
 ※客観的に正当な理由もないのに、他人の欠点や過ちを当人を知らない人間に教える者は、悪口の罪を犯します。
 ※真実ではないことをいって、他人の評判を傷つけ、当人に対する誤った判断を抱かせるような状況を作り出す者は、中傷の罪を犯します。
*軽率な判断を下さないようにするためには、一人ひとりの者が、隣人の考えや、ことば、行いなどをできるだけよい意味に解釈するように心がけるべきです。
*「善良なキリスト者はだれでも、人の説くところを非とせず、むしろ、これを正しい意味に解釈していこうという心構えを持つべきです。また、もしそうできなければ、その人がどのように解釈しているかを尋ねてみて、万が一、解釈に誤りがある場合は、正してやらなければなりません。それでもなお効果のないときには、当人がそれを正してやらなければなりません。それでもなお効果のないときには、当人がそれを正しい意味に解し、誤りから抜け出すことができるように、適切なあらゆる手段を講じる努力をすべきです」。
*悪口や中傷は、隣人の評判や名誉を傷つけます。ところで、名誉とは人間の尊厳に対して払う社会的なあかしであり、一人ひとりの人間は自分の名誉や評判、および尊敬を傷つけられないという権利を生まれながらに持っているのです。したがって、悪口や中傷は正義と愛の徳に背くものです。

2 お世辞、へつらい、愛想など
*お世辞などで、他人に悪意に行為や堕落した行動をとるようそそのかしたり助長させたりすることばや態度は、すべて禁じられるべきです。重大な悪徳もしくは罪に加担するような場合のへつらいは、大罪となります。役に立ちたいという思いや友情によるものであっても、二枚舌が正当化されることはありません。単に気に入られたいためや、悪を避けるため、ある必要に備えるためや、正当な利益を得るためなどという理由でなされるへつらいであれば、小罪となります。
*過度の自慢あるいは大言を吐くことは、真実に背く罪です。当人をけなすために悪意をもって他人の行為をあれこれちゃかすような皮肉も、同じ罪になります。
*うそは、真実にかっこうから背く罪です。うそをつくとは、人を誤りに陥れるために、真実ではないことを話したり行ったりすることです。うそは、人間の真実との関係ならびに隣人との関係を損ない、人間と神との関係ならびに人間のことばと神との関係を根底から覆します。
*うそがどのような重さの罪になるかについては、ゆがめる真実の内容、そのときの状況、うそをつく者の意向、うその犠牲となる人が被る損害の大きさなどによって変わってきます。うそは、それ自体としては小罪ですが、正義や愛の徳を甚だしく損なうような場合には大罪となります。
*うそそのものが非難されるべきものです。それは、知りえた真実を他人に伝えるためにあるはずのことばを冒瀆するものです。真実に反することばを口にして故意に他人を誤らせようとすることは、正義と愛とに反する行為です。真実を知らない人々を有害な結果が生じるような危険に陥れようという意図がうそをつく側にある場合には、その罪はいっそう重くなります。

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