聖書を読み、文字を通して味わうこともできれば、イエスが実際に語られた場所へ行って、その箇所を読み、体感することもできます。後者の方がイエスのことばをより身近に感じることができるのではないでしょうか。
25年前の8月、聖地へ巡礼する機会がありました。シナイ山のふもとなどでは日中45度近くまで温度が上昇し、ちょっと歩くだけでも日本にはない暑さでフラフラするほどでした。やがてエリコを通ってガリラヤへ。そこは緑も多く、ガリラヤ湖があるためか、少々湿度は高いものの、風景を見てほっとする場所でした。湖の岸辺からちょっと高台の所に山上の垂訓、今日の福音の箇所の舞台があります。「山」とは言え、標高100メートルもないくらいで、「丘」と言ったほうがよいかもしれません。その高台から眺めるなだらかな斜面やガリラヤ湖の風景は圧巻です。イエスがこうして情景の中で、今日の福音のメッセージを語ったのかと…。マイクがない時代ですから、多くの人々に聞こえるようにイエスは大きな声で語ったことでしょう。
教会の中に入ると、八角形になっていて、8つのメッセージがラテン語で記されています。一番最初のことばは「心の貧しい人々は、幸いである」(5・3)。このことばはフランシスコ会訳では「自分の貧しさを知っている人は、幸いです」と訳されています。個人的には後者の訳が好きです。自分の才能の不足を認め、自分の力ではどうしようもないので、神の力に頼らざるをえないと思う人にとって、このことばは響いてきます。自分の不足、知恵のなさなどは、その人にとっては、辛い部分ですが、神に信頼していく第一歩とも言えます。神に頼ることのない自己中心主義から脱却する秘訣を私たちに教えてくれます。
「自分の貧しさを知っていくこと」、それは神や「幸い」に近づいていく第一歩とも言えます。
