私たちは程度の差はありますが、「ストレス」を感じることがあるのではないでしょうか。ストレスの意味は、「外界から与えられた刺激が積もり積もった時に防衛反応として示す、生体の肉体上・精神上の不具合」(『新明解国語辞典』)とあります。
私たちは、生きている限り外部との接触なしに生きることはできません。ですから、会社、学校、教会共同体、時には家庭などでもストレスを感じることがあるのではないでしょうか。そのため私たちは、趣味に勤しんだり、スポーツやヨガ、瞑想などをしたりしてストレスを溜めない方法をそれぞれ工夫しています。私たちは、改めて「私にとってのストレス解消方」を見つけるのもいいかもしれませんね。
きょうのみことばは、イエス様がおん父への賛美の後に、「労苦し、重荷を負っている者はみな、わたしのもとに来なさい」と言われる場面です。きょうのみことばの前では、イエス様が、「ぼくたちが笛を吹いたのに、踊ってくれなかった。弔い歌を歌ったのに、悲しんでくれなかった」(マタイ11・17)と喩えを用いられて、ご自分がなさった教えや奇跡を受け入れない人々のことを話されています。
また、イエス様は、「多くの奇跡が行われたにもかかわらず、悔い改めなかった町々を非難し始められた、……裁きの日には、ソドムの地は、お前(カファルナウム)より軽い責め苦で済まされる」(マタイ11・20〜24)と言われて、ご自分が行われた奇跡を受け入れなかった町に対して非難されています。
きょうのみことばは、「その時、イエスは仰せになった」と始められています。この「その時」というのは、イエス様が周りの町々の人々がご自分の奇跡や教えに対して拒絶し、回心しなかったことを話された後の【その時】という意味です。イエス様は「天地の主である父よ、あなたをほめたたえます。」と言われます。イエス様は、いつもおん父を賛美され、感謝され、ほめたたえておられます。
イエス様は、「あなたは、これらのことを知恵ある者や賢い者に隠し、小さい者に現してくださいました。そうです。父よ、これはあなたのみ心でした。」と言われます。イエス様が言われる「知恵ある者や賢い者」とは、イエス様の奇跡や教えを無視し、回心しなかった人々のことを指しているようです。彼らは、ファリサイ派の人々や律法学者、一部の富裕層などイエス様の教え奇跡を必要としていない人たちだったのです。イエス様は、彼らに対して「これらのことを隠し」と言われているのは、彼らが自分たちの「目を曇らせている」という意味ではないでしょうか。彼らは、偏見や先入観、または、自分たちが正しいという傲慢さによって、イエス様がなさった奇跡や教えを受け入れようとしなかったのです。このことは、おん父が彼らに対して「愛さなかった」のではなく、彼らがおん父の愛を拒絶したことを意味しているのではないでしょうか。
イエス様が言われる【小さい者】とは、弟子たちや「群衆が牧者のいない羊の群れのように疲れ果て、倒れている者」(マタイ9・36)と言われた人々のことと言っていいでしょう。彼らは、決して裕福でもなく、その日の暮らしさえもままならない生活をしていたのです。イエス様は、おん父がご自分を通して教え、奇跡を行ったことを彼らが受け入れたことこそが、【あなたのみ心】と言われておられるのではないのでしょうか。
イエス様は、「すべてのものは、父からわたしに任されていれています。……父を知る者はいません。」と言われます。ここには、おん父とイエス様との強い信頼関係が表れています。そして、ご自分の所に集まってきた弟子たちやその他の人々だけに、おん父を示すと言われておられます。もちろん、その中には、私たち一人ひとりも含まれているのです。
イエス様は、「労苦し、重荷を負っている者はみな、わたしのもとに来なさい。休ませてあげよう。……そうすれば、あなた方は魂の安らぎを見出す。」と言われます。イエス様は、ご自分の所に集まってきた人の日々の労苦をご存じでした。彼らは、貧しい生活や、ファリサイ派の人々や律法学者からの【律法】が重荷だったのです。イエス様は、「わたしの軛を受け入れ」と言われます。このことは、イエス様に自分の欠点、罪深さを含めて全てを委ねることです。もし、ここで私の【エゴ】があれば「軛」はストレスとなることでしょう。イエス様は、ご自分の【軛】を受け入れ、「わたしに学ぶ」ことによって【魂の安らぎ】を約束されます。
イエス様は、「わたしの軛は負いやすく、わたしの荷は軽いからである」と言われます。私たちは、このイエス様の言葉を受け入れることでどれだけ【心の平安】を得ることでしょう。私たちは知らないうちに、いろいろな【重荷】という【ストレス】を背負っています。さらに、私たちは、その【重荷】を自分の力でなんとかしなければと思ってしまいます。私たちは、思いっきって「イエス様の【軛】を受け入れ、イエス様に【学ぶ】」ことができたらいいですね。
