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カトリック入門

第245回 第五の掟「人間の尊重」【動画で学ぶ】

序)前回、「人間の尊厳」についてでしたが、今回はその続きのようなものです。

1 人間の尊重と科学的研究
*個人あるいはグループでの科学的・医学的・心理学的実験を通して、病人の治癒や公衆衛生の進歩に寄与することができます。
*基礎科学の研究も応用研究も、被造物に対する人間の主権を表すものです。科学や技術というものは、人間に役立ち、万人の益となるような健全な発達を促進するものである場合には、非常に有益な手段となります。とはいえ、科学や技術そのものだけで人生や人間の進歩の意義を評価することはできません。科学や技術は人間のために存在するものであり、そのためにはじめされ、発展していくべきものです。したがって、人間とその道徳的価値こそがこれらの目的を明らかにし、その限界を明白にしてくれるのです。
*科学的探究やその応用が倫理的には善でも悪でもないと主張するのは、間違いです。他方、科学技術を方向づける基準となるものは、単なる技術的効果でもなければ、他の人の犠牲をもとにしてある人々にもたらすような利用価値でもありません。ましてや、支配的イデオロギーなどではありません。科学や技術は、その本来の意味を大切にして、倫理の基本的な基準を無条件に尊重しなければなりません。これらは神の計画とそのみ旨とに沿ったもの、すなわち、人間、およびその侵すことのできない権利、ならびにその真の十全な幸せに役立つものであるべきです。
*人間に関する研究もしくは臨床試験は、それ自体で人間の尊厳と道徳律に反する行為を正当なものとすることはできません。たとえ、被験者の同意がありえたとしても、そのことによって以上の行為を正当化できるわけではありません。被験者の生命や身体的・精神的健全さを、それとは不釣り合いな、あるいは避けることのできるはずの危険に陥れるような臨床試験は、倫理的にゆるされません。そのうえ、臨床試験が被験者あるいはその後見人の明白な同意なしに行われる場合には、人間の尊厳を侵害することになります。
*臓器移植は、提供者の身体的ならびに心理的な危険や緊張などが受け手が求める利益に釣り合っている場合は、道徳律にかなうものです。死後の臓器提供は高潔でいさおしとなるものであり、寛大な連帯精神の表現として推奨されなければなりません。しかし、提供者あるいはその代理人の明白な同意が得られない場合は、それを倫理的に容認することはできません。さらに、たとえ他人の死を遅らせるためであろうとも、人体を切断して障害者にしたり直接死に至らせたりすることは、倫理的にゆるされることではありません。

2 全面的な尊重
*誘拐や人質などは、人を恐怖に陥れ、恐喝によって被害者に耐えがたい圧力加えるものであり、倫理的に容認できません。テロリズムは人を無差別に脅迫し、傷つけ、殺害するものであり、正義と愛への重大な違反です。自白を強要するため、犯人を罰するため、敗退者を恐れさせるため、憎しみを満足させるためなどといったような理由で行われる、精神的あるいは身体的暴力を用いる拷問は、人間の尊厳を侵害するものです。厳密に治癒を目的とする医学的指示のある場合を除いては、故意の罪のない人々の切断手術や切除手術、不妊処置などを行うことは道徳律に反します。

3 死者に払う尊敬
*臨終にある人々を見守りその世話をしながら、彼らが品位を保ち心安らかに最期を迎えることができるように手助けするよう心掛ける必要があります。彼らは近親者の祈りによって支えられるべきなのです。近親者は、病人が生きておられる神にまみえる準備となる秘跡を適当な時に受けることができるように心掛けなければなりません。
*遺体の取り扱いは、復活の信仰と希望を抱きながら、尊敬と愛をもってなされるべきです。死者の埋葬は肉体に対するいつくしみの業であり、聖霊の神殿である神の子らを敬うものでもあります。

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