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カトリック入門

第211回 人間の良心【動画で学ぶ】※レジュメ字幕付き

序)
*「人間は良心の奥底に法を見いだします。この法は人間が自らに課したものではなく、人間が従わなければならないものです。この法の声は、つねに善を愛して行い、悪を避けるように勧め、必要に際しては、心の耳に告げます。人間は心の中に神から刻まれた法を持っているからです。良心は人間の最奥であり聖所であって、そこでは人間はただひとり神とともにあり、神の声が人間に響きます。」
*「良心」はラテン語でconscientia、イタリア語ではcoscienza、英語ではconsience。
 「理性、知性とともに」。意識、知覚、道義心、自覚、分別、目覚めなどの意味。

1 良心の判断
*人間の心に存在する倫理的良心は、時宜に応じて、善を行い悪を避けるよう人間に命じます。また、正しい選択を承認し、悪い選択をとがめて、具体的にどのような選択をすればよいかを判断します。良心は最高善であるかたに準拠した真理の権威を明らかにします。人間はそのかたに引き付けられ、その掟を受け入れます。賢明な人間は、良心の声に耳を傾けることによって、神の声に従うことができます。
*倫理的良心とは理性の判断であり、人間はそれによって、自分が行うつもりであったり、現在行っていたり、すでに行ってしまった具体的行為の倫理的善悪を見分けます。人間はそのすべての言動において、正しいと知りえたことに忠実に従う義務があります。人間が神の掟を認識できるのは、まさに良心の判断によってなのです。
*良心の声を聞き、それに従うためには、一人ひとりの者が完全に自分自身に立ち戻る必要があります。私たちは生活のために反省や糾明、あるいは自分に立ち戻ることを忘れてしまう恐れがあるので、この内省はいっそう必要になります。
*人間の尊厳というものは、倫理的良心の正しさを前提とし、また要求するものです。倫理的良心は倫理の根本原理を把握し、さまざまの理由やさまざまの価値を実践的に識別することによって、具体的な状況の中でこれらの根本原理を適用した上で、これから行おうとしているかすでに行った具体的行為についての判断を行います。理性の法則で明らかにされている倫理的善に関する真理は、現実の具体的な場においては、良心の慎重な判断によって認識されます。この判断に従って選択する人を、賢明な人と呼ぶのです。
*良心は、行われた行為の責任を担わせます。人が悪いことをした時には、良心の正しい判断が、当人に善の普遍的真理を示すと同時に自分が行った具体的選択の誤りを示し続けます。良心のこの判断は、犯した過ちを証明しながら、請うべきゆるしや、さらに行うべき善、また、神の恵みによって不断に培うべき徳などについて思い起こさせてくれます。

2 良心の形成
*良心は培われ、倫理的判断は照らされなければなりません。よく形成された良心は、正しくて誠実です。良心はその判断を、理性に従いながら、創造主の英知の望みである真の善に基づいて形作っていきます。悪い影響を受けやすい人や、自らの判断を好んだり、権威ある教えを拒否するという罪の誘惑に陥りやすい人には、良心の教育が不可欠です。
*良心の教育は一生涯の務めです。良心の教育によって、幼いころから、子どもたちは倫理的良心によって知らされた心の中にある掟を認識し、実行できるようになります。賢明な教育によって徳がしつけられ、恐れや、自己愛(利己主義)、高慢、人間的弱さや過ちから生じる罪悪感に基づく怒りや自己満足などから守られ、癒やされます。良心の教育は自由を保証し、心の平和を見いだします。
*良心の形成にあたっては、神のことばが私たちの道を照らしてくれます。これを信仰と祈りとをもって吸収し、実践しなければなりません。さらに、キリストの十字架に照らして私たちの良心を糾明しなければなりません。私たちは聖霊の賜物に支えられ、他の人々のあかしや助言に助けられ、教会が認可した教えによって導かれるのです。

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