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カトリック入門

第247回 第六の掟「姦淫してはならない」【動画で学ぶ】

序)十戒の第六の掟は、「姦淫してはならない」です。この言葉は出エジプト記20・14に出てきますし、マタイ5・27~28には、「あなたがたも聞いているとおり、『姦淫するな』と命じられている。しかし、わたしはいっておく。みだらな思いで他人の妻を見る者はだれでも、すでに心の中でその女を犯したのである」とイエスは語っています。

1 「男と女に創造された」
*「神は愛であり、ご自身のうちに人格的な愛の交わりの神秘を生きておられます。人間をご自分の形として創造し、神は、男女の人間性に招きを与え、愛し交わる力と責任を課されました」。
*聖書の中に
 「神はご自分にかたどって人を創造された。男と女に創造された」(創世記1・27)
 「産めよ、増えよ」(創世記1・28)
 「神は人を創造された日、神に似せてこれを造られ、男と女に創造された。創造の日に、彼らを祝福されて、人を名付けられた」(創世記5・1~2)。
*性的特質は、人間の肉体と霊魂とが一体となっていることによって、あらゆる面に現れてきます。特に感情力や、愛や出産の能力、そして一般的には、他人との交わりの絆を結ぶ適性などとのかかわりを持っています。
*男女はそれぞれ自分の性の独自性を認め、受け入れなければなりません。男女の身体的・精神的・霊的相違と補完性とは、結婚の善と家庭生活の開花とに向けられています。夫婦や社会の調和のある部分は、両性の間の補完性、依存性、そして相互扶助がどのように生かされるかにかかっています。
*「神は『男と女』に人類を創造されて、男女に等しい人格的な尊厳を与えてくださっています」。「男性と女性は、いずれもペルソナである神にかたどって、その似姿として造られたのですから、ペルソナとして平等な存在です」。
*同等の尊厳を持つ両性は、違った形ではあっても、それぞれが神の能力や優しさの似姿なのです。結婚による男女の結合というものは、創造主の惜しみなく与える心と生み出す力とを肉体において模倣する一つの在り方なのです。「男は父母を離れて女と結ばれ、二人は一体となる」(創世記2・24)。この結合から、すべての人間が世々代々にわたって生まれてくるのです。
*イエスは、創造をその原初の純粋さに回復させるためにおいでになりました。山上の説教の中で、神の計画というものを厳格に説明しておられます。「あなた方も聞いているとおり、『姦淫するな』と命じられている。しかし、わたしはいっておく。みだらな思いで他人の妻を見る者はだれでも、すでに心の中でその女を犯したのである」(マタ5・27~28)。人間は、神が結び合わせてくださったものを離してはならないのです。教会の伝統は、第六の掟は人間の性的特質の全体にかかわるものだと解釈してきました。

2 貞潔への招き
*貞潔な人は、内にあるいのちや愛の力の高潔さを維持します。この高潔さは人格の統一を保証し、これを傷つけるあらゆることに対抗します。二重生活も表裏あることばも許容しません。
*貞潔には、人間の自由を育てる自制の習得が伴います。人間が自分の情欲を抑制して平和を得るか、それとも情欲の奴隷となって不幸になるか、という二つの選択肢のどちらを選べばよいかということは明白です。「人間の尊厳は、人間が自覚のある自由な選択にもとづいて行動することを要求します。すなわち内面的な確信に基づく行動であって、盲目的本能や外からの強制によるものであってはなりません。このような尊厳は、人間が情欲のあらゆるとりこの状態から自らを解放し、善を自由に選択することによって自分の目的を追求し、効果的に巧みに適切な手段を選ぶことの中に見いだされるのです」。
*貞潔の徳は、人間の情欲や感覚欲に抑制を効かせる節制の枢要徳に属します。

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