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修道会ニュース

スタニスラオ夫津木勇雄修道士の葬儀ミサ 若葉修道院で執り行われる

 スタニスラオ夫津木勇雄修道士(聖パウロ修道会)の葬儀ミサが、3月23日(月)午後1時より、東京都新宿区の聖パウロ修道会若葉修道院にて執り行われた。

 同修道士は1927年、長崎県平戸市に生まれ、幼くして洗礼を受けた。戦後間もない1948年に入会し、1951年に初誓願、1956年に終生誓願を宣立。以来、印刷使徒職をはじめ、志願者育成、書店での聖品奉仕、修道院での共同生活の支えとなる務めなど、多岐にわたる奉仕を担った。箕面修道院院長も務めるなど、長年にわたり修道会の歩みに尽力した。

 ミサには、修道会関係者をはじめ、多くの信徒が参列し、その温厚な人柄と誠実な生涯をしのび、祈りをささげた。聖書朗読、説教、共同祈願を通して、その信仰と奉仕の歩みがあらためて想起され、復活の希望のうちに神のもとへと委ねる祈りがささげられた。

 なお、この葬儀ミサの様子はYouTubeにてライブ配信され、会場に足を運ぶことがかなわなかった人々も、それぞれの場所から祈りのうちに参加した。

<略歴>

 1927年2月17日、長崎県北松浦郡田平町下寺免(現・平戸市)に生まれる。父・乙松、母・ウヨのもと、8人きょうだい(男3人・女5人)の次男として育つ。

 同年2月20日、平戸市の上神崎教会で受洗し、洗礼名ドミニコを受ける。1947年8月18日、相浦教会で堅信を受け、堅信名ミカエル。小学校および青年学校で学び、13歳から20歳まで石炭運搬の仕事に従事。兵役として予備訓練を2回受ける。

 1948年1月7日、東京・赤坂修道院に入会。台所手伝いや印刷機械の使徒職に従事し、1950年4月8日、同修道院で修練に入る。1951年4月9日、初誓願を宣立し、修道名スタニスラオ・コストカを受ける。その後、福岡修道院に移り、志願者のアシスタント、募集・普及の使徒職に携わる。

 1954年より赤坂修道院で印刷機械の使徒職に従事し、1956年4月9日、終生誓願を宣立。以後も印刷使徒職を担い、1963年から1966年まで再び福岡修道院にて志願者育成と募集・普及に従事。

 1966年から1980年まで赤坂修道院(のち若葉修道院)にて中央出版社書店の聖品コーナー勤務。1980年から1988年まで福岡修道院で建物・庭の管理にあたる。

 1988年4月14日、箕面修道院へ異動。炊事・洗濯・接待などの共同生活の奉仕に加え、大阪センターでの活動や修道院顧問(1997年5月15日~2000年5月14日)を務める。2000年5月15日から2003年5月15日まで同修道院院長(デレガート)。

 2001年9月15日、千里教会にて修道誓願50周年を祝う。2003年5月下旬、八王子修学院へ異動。2006年11月、若葉修道院落成に伴い同院へ移る。2012年1月1日より東京にて管区館サポーターを務める。

 2020年6月22日、福岡修道院へ異動。2024年5月31日、若葉修道院へ再び異動。

 2026年3月20日午前2時46分、東京都内の逓信病院にて肺がんのため帰天。享年99。

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