序)夫婦愛の実りとは、子どもの出産だけに限られるものではなく、子どもたちの道徳教育や宗教教育にも及ぶべきものです。「教育を授けるという両親の務めは、まことに重大であって、それが欠ける場合、その補充はほとんど不可能なほどです」。両親にとっては子どもを教育することが自分たちに委ねられた最大の権利でも義務でもあるので、これを他人に譲ることはできないのです。
1 両親の義務
*両親は自分の子どもたちを神の子どもとみなし、独立した人格として尊敬しなければなりません。親は天の御父のみ旨への従順の模範を示しながら、子どもたちが神の掟を守るように教育すべきです。
*両親はわが子の教育の第一の責任者です。両親はまず家庭を築くことによってこの責任を果たします。家庭には当然のこととしてやさしさ、ゆるし、尊敬、忠実、無私の奉仕があるべきです。家庭は徳育に適した場です。徳育に際しては、真の自由の条件である自己放棄、健全な判断、自制心などの習徳が求められます。親は子どもに「物質的・本能的次元を内面的・精神的次元のもとに」置くことを教えるべきです。わが子によい模範を示すことは、親にとっての重大な責任です。親が子どもの前で自分自身の欠点を認めるならば、彼らをよりよく指導し、欠点を改めさせることもできるでしょう。
「わが子を愛する者は、しばしばむちで懲らしめる……。子をしつける親は、その子のおかげで楽ができる」(シラ30・1~2)。
「父親たち、子どもを怒らせてはなりません。主がしつけ諭されるように、育てなさい」(エフェ6・4)
*家庭は連帯や共同責任の手ほどきを受ける本来の場です。親はわが子に、人間社会を脅かす危険や堕落などから身を守るように教えなければなりません。
*両親は結婚の秘跡の恵みによって、子どもに福音を宣べ伝える責任および特権を受けました。親は自分の子どもたちに信仰の神秘を伝授すべきです。また、幼児の時から子どもたちを教会生活になじませるべきです。家族的な生き方は、全生涯を通じて生きた神父の正しい前提および支えとなる心構えを育てることができるのです。
2 信仰教育
*両親による信仰教育は幼児期から始めなければなりません。もしも家族の成員が福音に従ったキリスト教的生活のあかしを通して互いに信仰を深め合っているならが、その信仰教育はすでに行われているのです。家庭内の信仰教育は他の形の信仰教育にまさるものですが、両者を併用することによって、さらに充実したものにすることができます。両親は子どもに祈りを教えたり、神の子どもとしての自分の召命を発見させたりする使命を持っています。小教区はエウカリスチア共同体でありキリスト教的家族の典礼生活の中心となるものです。それは、子どもたちや両親のカテケジスのための特別に恵まれた場なのです。
*両親はわが子の教育の第一の責任者として、子どもたちのために自分の信念にかなう学校を選択する権利を持っています。この権利は基本的なもので、両親はできる限り、キリスト教的教育者としての自分たちの任務をもっともよく助けてくれる学校を選ぶことがすすめられます。
*成人した子どもは、自分の職業や生活身分を選択する義務と権利とをもつようになります。彼らはこの新たな責任を両親との信頼に満ちた関係を保ちながら担い、進んで両親の意見や助言を求めるべきです。両親はわが子が職業を選んだり配偶者を選んだりする際には、強制しないように心がけるべきです。しかし、この控え目にすべき義務というのは、とくにわが子が新しい家庭を築こうとしているような場合には、分別ある助言をもって彼らを助けることを禁じるものではなく、かえってその逆です。
*両親や兄弟姉妹の世話をするため、あるいはある職業に専念するためや、その他の尊い動機のために結婚しない人々がいます。このような人々は、人類という家族の幸せに多大に貢献ができるのです。
