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カトリック入門

第167回 典礼【動画で学ぶ】※レジュメ字幕付き

序)教会が典礼において告げ知らせ祝うのは、このキリストの過越の神秘です。それは信者たちがこの神秘を生き、世にあってそれをあかしするためです。
*「典礼によって、特に聖体の神聖なる犠牲において『私たちの贖いの業が行われる』のですから、典礼は信者が、キリストの神秘と真の教会の本来の性格とを、生活をもって表し、他の人々にも示すために大いに役立つものです」。

1 「典礼」とは?
*「典礼」はラテン語で「Liturgia」と表現されますが、ギリシア語の「レイトス(公の、公共の))+「エルゴン(仕事、業)」の合成語で、「公共の事業」、「公衆の名で、あるいは公衆のために行われる奉仕」といった意味をもっています。
*キリスト教の伝承では、神の民が「神のみわざ」に参与することを意味しています。典礼によって、私たちの贖う主、大祭司であるキリストは、教会の中で、教会とともに、教会によって、私たちの贖いの業を続けられます。
*新約聖書の中で「典礼」の語は神を礼拝する祭儀のほかに、福音の告知や愛の実践の意味でも用いられています。これらすべては、神と人々への奉仕です。典礼祭儀において、教会は、唯一の「典礼執行者」であるキリストに倣う者であり、キリストの祭司職(礼拝)、預言職(告知)、および王職(愛の奉仕)にあずかっています。

2 いのちの泉としての典礼
*キリストの業である典礼は、キリストの教会の行為でもあります。典礼は教会をキリストによる神と人間との交わりの見えるしるしとして形成し、表します。典礼はまた、信者を共同体の新しいいのちに引き入れます。典礼は、すべての者が「意識的、行動的にこれに参加し、実りを得る」ことを含みます。
*「聖なる典礼は、教会の全活動を果たすものではありません。」典礼以前に、福音宣教、信仰、および回心がなければなりません。それがあってこそ、典礼は信者の生活にその実を結ぶことができます。その結ばれる実とは、霊に従う新しい生活であり、教会の使命を生き、その一致のために奉仕することです。

3 祈りと典礼
*典礼はまた、聖霊において御父にささげられるキリストの祈りにあずかることです。キリスト者の祈りのすべては、まさに典礼のうちにその源と到着点とを見いだします。典礼によって、内なる人間は、愛する御子において「私たちをこの上なく愛して」(エフェ2・4)くださった御父の愛に根を下ろし、礎を持つのです。生活が、「どのようなときにも、<霊>に助けられて」(エフェ6・18)導かれ、すべての祈りによって内面化されるのは、同じ「神の偉大なわざ」なのです。

4 カテケジスと典礼
 「典礼は教会の活動が目指す頂点であり、同時に教会のあらゆる力が流れ出る源泉です」。したがって、典礼は神の民に優れたカテケジスの場です。「要理教育は典礼的かつ秘跡的な全行為に内的に結ばれています。イエス・キリストは、秘跡、特に聖体において、人間改造のために完全に働かれるからです」。
*典礼によるカテケジスは、キリストの神秘に導きいれること、すなわち見えるものから見えないものへ、意味するものから意味されるものへ、「秘跡」から「神秘」へと導くことを目指します。

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