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これってどんな種?

種を蒔くという種 年間第11主日(マルコ4・26〜34)

 幼い頃の影響は、大人になっても何かしら残っています。ミッションの幼稚園に通っていたという方に出会う機会がありますが、聖画が書かれたご絵(カード)を見て、「これ小さい頃シスターに頂いた。懐かしいです」という言葉を何度か耳にしたことがあります。

 きょうのみことばは、『種の成長の喩え』と『芥子種の喩え』の場面です。マルコ福音書の4章は「種まきの喩え」で始まっていて、いくつかの喩え話をイエス様が群衆にされています。イエス様は、弟子たちに「あなた方には神の国の秘義が授けられるが、外の人にはすべて喩えで語られる」(マルコ4・11)と言われます。きょうのみことばは、イエス様が弟子たちに『種まきの喩え』の説明をされた後に【神の国の秘義】について話された場面です。

 みことばは「また、仰せになった」という言葉で始まっていますが、この節の少し前に「また弟子たちに仰せになった」(マルコ4・21)とありますし、きょうのみことばの中にも「また、仰せになった」(マルコ4・30)とあります。イエス様は、群衆だけではなく、弟子たちに対して【神の国の秘義】について話され教えられておられるのです。イエス様は、『芥子種の喩え』を話される前に「神の国を何になぞらえようか。また、どんな喩えで言い表そうか。」と言われています。イエス様は、ご自分の周りに集まってきた弟子たちの顔をご覧になられ、嬉しそうにワクワクしながら、「今度は、どのような喩えで『神の国の秘義』を彼らに話そうかな」という気持ちで話されているようです。このことは、今の私たちに対しても同じように話されておられるのではないでしょうか。

 イエス様は、「神の国は人が大地に種を蒔くようなものである。」と言われます。イエス様は、先に話された『種まきの喩え』だけではなく、さらに【種】について詳しく、膨らませて話されておられます。イエス様は、「種は蒔く人が夜昼、寝ているうちに、種は芽を出して成長する」と言われます。まず、【蒔く人】が【種】を蒔く必要があります。そして、その【種】が芽を出すまでには、「夜昼、寝起きしている」とありますように、いく日かの日数(時)が必要になるのです。
 イエス様は、「しかし、種を蒔いた人はどうしてそうなるのかを知らない。」と言われます。農夫は、種を蒔いた後に、水をやり、雑草を抜き、肥料などを与えて種が成長するように汗を流して働きます。しかし、それでも「どうして種が成長して芽を出したのか知らないのです」とありますように、人が知らないうちに成長するというのが【神の国の秘義】ということではないでしょうか。【神の国の秘義】というのは、人の理解を超えた【神の恵み、介入】がないと理解できないということなのでしょう。

 イエス様は、「大地は自ら働き、初めに苗、次に穂、次に穂の中に豊かな実を生ずる。」と話されます。この【大地】というのは、【三位一体の神】の働きと言ってもいいでしょう。【蒔く人】が蒔いた【種】は、種だけの力だけでは成長することはできませんし、また、急に成長することもできません。「初めに苗、次に穂……」とありますように、準を追って成長していきます。イエス様は、一粒一粒の【種】を成長させるために、おん父が丁寧に愛情を注がれて育ててくださっていることを話されておられます。それも、【蒔いた人】が知らないうちに、おん父が働かれているのです。蒔いた人は、その実が熟すと鎌を入れて収穫します。蒔いた人は、自分たちが知らないうちに「実を熟した作物」を刈り取るという「喜び、恵み」をいただくことができるのです。

 次に、イエス様は、「神の国を何になぞらえようか。……それは芥子種のようなものである。芥子種は土に蒔かれる時は、地上のどんな種よりも小さいが、……その陰に空の鳥が宿るほどで大きな枝を張る」と言われます。この『芥子種の喩え』も先の「種」の喩えのように、おん父の働きがないと大きく成長することはできません。そして、地上のどんな種よりも小さい【種】であっても、成長すると「その陰に空の鳥が宿るほど枝を張る」ことができるようになるのです。この、「空の鳥」というのは、実際の【鳥】ではなく、「異邦人」ということのようです。おん父の恵みは、イスラエルの民だけではなく、全世界にまで及ぼしている、と言うことをイエス様は弟子たちに伝えているのです。

 さて、きょうのみことばの中に出てくる【種】は、福音のことを表しているようです。そして、【蒔く人】は弟子であり、私たち一人ひとりのことです。パウロは、「わたしは植え、アポロは水をやりました。しかし、成長させてくださったのは神です。」(1コリント3・6)と言っています。私たちは、洗礼の恵みを受け、私たちの中にある【種】を三位一体の神の働きで豊かに成長させていただいています。そして、今度は、私たちが周りの人に【種を蒔く人】となるのです。私たちの宣教は、【小さな働き】であっても、その【種】を大きく成長させてくださる【三位一体の神】に信頼して【種】を蒔いていくことができたらいいですね。

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井手口満修道士

聖パウロ修道会。修道士。 1963年長崎に生まれ、福岡で成長する。 1977年4月4日、聖パウロ修道会に入会。 1984年3月19日、初誓願宣立。 1990年3月19日、終生誓願宣立。 現在、東京・四谷のサンパウロ本店で書籍・聖品の販売促進のかたわら、修道会では「召命担当」、「広報担当」などの使徒職に従事する。 著書『みことばの「種」を探して―御父のいつくしみにふれる―』。

  1. 宣教に出かけるという種 年間第15主日(マルコ6・7〜13)

  2. 本質を見るという種 年間第14主日(マルコ6・1〜6)

  3. 触れるという種 年間第13主日(マルコ5・21〜43)

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