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みことばの響き

復活の証人 復活節第3主日(ルカ24・35~48)

 イエスは復活の後、弟子たちに現われ、焼いた魚を食べたりします。復活したことをより具体的に示す状況とも言えるでしょう。イエスは彼らに「エルサレムから始めて、あなたがたはこれらのことの証人となる」(ルカ24・48)と語ります。

 「証人」とは「何かの事実を証明する人。(法律では、裁判所または国会に呼び出され、実際に見聞きした事実を申し述べる人を指す)」(「新明解国語辞典」三省堂)と記されています。結婚式では二人の方が証人として立ち、書類に署名いたします。「二人または三人の証人の口によって確定されるようになるためである」(マタイ18・16)と言うように、複数の証人が必要です。イエスが復活したことについても、複数の記述や証言をみることができるのではないでしょうか。今日の箇所以外に、マグダラのマリアたちにイエスが現れたこと(ルカ24・1~12)、エマオで二人の旅人にイエスが現われたこと(ルカ24・13~35)、「あなたがたに平和があるように」と弟子たちに現われたこと(ヨハネ20・19~23)、疑い深かったトマスが「わたしの主、わたしの神よ」(ヨハネ20・28)と信仰告白することによって、イエスの復活が明白になっていきます。まさに種々の証言とも言えるでしょう。

 「証」はギリシア語で「マルトュロス」と言います。これは「殉教」をも意味していますが、教会の歴史の中で数多くの方々がいのちをささげて証しました。例えばローマ市内にあるカタコンベへ行くと200年代に殉教した数多くの教皇たちが埋葬されています。例えば、ポンティアヌス教皇(235年に殉教)、ルキウス一世教皇(254年に殉教)、シスト二世教皇(258年に殉教)、エウティキアヌス教皇(283年に殉教)などです。教皇によっては、数十日間の在位期間で殉教した方もいました。殉教を通しての信仰の証と言えるでしょう。

 私たちも洗礼を通して、主の復活を思い、日々の生活の中で証していきたいものです。

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