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月刊澤田神父

「月刊 澤田神父」2022年3月号(#10 聖パウロの回心、その後)

「回心」後のパウロの行動とその結果

 使徒言行録が記すパウロの回心について、今回も深めてみたいと思います。特に、今回は回心直後のパウロの活動とその結果について考えることにします。わたしたちは、ともするとパウロが復活のキリストに出会い、回心をし、そしてキリストの熱心な使徒、福音宣教者となって、生涯を過ごしたという単純な図式で考えてしまいます。しかし、使徒言行録はそのようには記していません。そこには、「回心」の奥深い意味が示されているように思います。

 パウロは、復活のキリストに出会った後、「それから数日間、ダマスコの弟子たちとともに過ごしたが、ただちに諸会堂でイエスのことを『この方こそ、神の子である』と宣べ伝え始め」(使徒言行録9・19-20)ました。これを受けて、ユダヤ人たちの間には、驚きや反発などの感情が渦巻きます。「ユダヤ人たちはサウロを殺そうと企」(9・23)み、「昼も夜も町のすべての門を監視してい」(9・24)ました。パウロ自身が、「エルサレムで、この名(=キリストの名)を呼ぶ者たちを滅ぼしていた男」であり、ダマスコに来たのも、「そういう者たちを縛り上げて祭司長たちの所へ引いていきため」(9・21)だったのです。パウロの回心は、ダマスコの教会にも、ユダヤ人たちにも大きな波紋を生みました。パウロ自身は、偽りのない熱心さで宣教を始めたのかもしれません。しかし、それは残念ながら、周囲に大きな動揺を生み出しました。「そこで、弟子たちは、夜陰に乗じて、サウロを連れ出し、籠に入れ、町の城壁づたいに吊り下ろし」(9・25)て、ダマスコから逃しました。

 こうして、パウロはエルサレムに行きます。使徒言行録は、パウロが「そこの弟子たちの仲間に加わろうと努めたが、みなは彼を弟子であると信じないで、サウロを畏れた」(9・26)と記しています。やはり、エルサレムでもダマスコと同じ反応でした。いや、エルサレムでパウロがこれまで教会に対してしてきたことを考えれば、ある意味では当然の反応だったのかもしれません。使徒言行録は、すでにステファノ殺害によって生じたエルサレムの教会に対する大迫害について、また、それによって「使徒たちのほかはみな、ユダヤやサマリアの諸地方に散らされた」(8・1)こと、さらに、パウロがエルサレムで「教会を荒らし回り、家から家に押し入って、男も女も引きずり出しては牢に送っていた」(8・3)ことを記しました。その中でのパウロの「回心」です。教会の中には、自分自身、あるいは自分の大切な人たちがパウロによってひどい目に遭ったという人もたくさんいたことでしょう。疑心暗鬼や、受け入れられないという思いが教会の中に生じたかもしれません。その一方で、ユダヤ人たちにとっては、パウロは裏切り者であり、神への信仰から離れた者と映ったことでしょう。

 エルサレム教会の一員であったバルナバの助けもあって、パウロは熱心に福音を宣べ伝えます。しかし、結果はダマスコの場合と同じでした。ユダヤ人たちがパウロを「殺そうと狙」(9・29)い、それを知った教会はパウロを彼の故郷であるタルソスに送り出しました(9・30)。

 使徒言行録は、この後すぐに続けて次のように記します。「こうして教会は、ユダヤ、ガリラヤ、サマリアの全地方にわたって平和を保ち、ますます基礎が固まり、主への畏れと、聖霊の慰めのうちに歩み、次第に信者の数を増していった」(9・31)。この接続詞「こうして」は、明らかにこれまでの状況を受けて、「その結果」という意味です。「いろいろなことがあいまって」という意味に取ることもできますが、少なくとも直前の記述はパウロの回心とダマスコでの宣教活動、エルサレムでの宣教活動です。だから、「パウロがタルソスに退いていなくなったので」という意味に取ることも可能だという研究者もいます。実際、パウロはこの後、しばらくタルソスで埋もれた生活をします。

 いったいどういうことなのでしょうか。パウロが回心したことに偽りはないでしょう。しかし、パウロにはまだまだ周りが見えていなかったのだと思います。どれだけ多くの人が痛みを感じたか、どれほどの痛みを感じたか、今どんな思いでいるのか……。神は、パウロがそれを見つめ、受け止める時間を望んだのではないでしょうか。

 神のゆるしがどれほど大きなものであっても、それで過去がなかったことになるわけではありません。だからこそ、「回心」するとは過去を受け止め、自分がしてきた過ちを決して忘れることなく謙虚に受け止め、神の恵みに支えられて、自分が傷つけてきた人たちの思いを共有しながら、生きていくことなのだと思います。回心にとって、「決意の時」は必要ですが、だからと言って、回心は一瞬のうちに実現するものではなく、長い「歩み」の中で成熟していくものなのでしょう。「やる気満々」であったのに、すべてがうまく行かずに退かなければならなかったパウロの歩みは、まさに「回心」の神秘のこの側面を示しているのではないでしょうか。

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