序)第一の掟には、人間の手によって神の像を造ることをいっさい禁じるという内容も含まれていました。申命記はそのことについて、「主がホレブで火の中から語られた日、あなたたちは何の形も見なかった。堕落して、自分のためにいかなる形の像も造ってはならない」(申命記4・15~16)という説明をしています。
1 主は「美の創始者」
*イスラエルにご自分を啓示されたかたはすべてを超越する神なのです。「主はすべて」である方ですが、同時に「ご自分のすべてのみわざにまさって偉大」な方でもあります(シラ43・27~28参照)。主は「美の創始者」(知恵13・3)なのです。
2 旧約時代
*旧約時代にも、神は青銅の蛇や、契約の箱、あるいはケルビム像のような、人となられたみことばによる救いを象徴的に表す像の製作を命じたり許可したりなさいました。
3 公会議
*ニケアで開催された第7回の公会議(787年)は、聖画像破壊者に対抗して、人となられたみことばの神秘に基づき、聖画像の崇敬を正当化しました。その対象となる聖画像には、キリストのものだけではなく、神の御母マリア、天使、およびすべての聖人たちのものも含まれていました。神の御子は人となることによって、聖画像に新しい「意義」を与えられたのです。
4 聖画像
*聖画像に対するキリスト教の崇敬は、偶像を禁止する第一戒に反するものではありません。「ある聖画像にささげる尊敬はその元となっているものに払われ」、「聖画像を敬う者はだれでも、それに表現されている者を敬っているのです」。聖画像に払われる尊敬は、崇敬であって、神にのみささげられる礼拝ではありません。
*「敬神徳による聖画像への崇敬は聖画像そのものにむけられるのではなく、聖画像を通して人となられた神に向けられるのです。画像にしかすぎない聖画像に対して示される態度は、聖画像そのものに向けられるものではなく、その聖画像の元となっているかた(聖人たち)に向けられるものなのです」。
5 感動を呼ぶ聖画像
*昔、今のように識字率が高くはありませんでした。文字を読めない人にとって、聖画像はカテキズムなどのためにはとても有効でした。
*シチリアにモンレアーレの大聖堂があります。正面にはモザイクでキリストが大きく描かれ、両サイドの壁には旧約聖書と新約聖書の物語がモザイクで描かれています。本物を見た時にはとても感動しました。その絵を見ていくと、聖書の物語がよく分かります。
*イタリアのアッシジにある聖フランシスコ大聖堂には、ジョットが描いたアッシジの聖フランシスコの絵や生涯などが描かれています。素晴らしい作品と共に、貧しさに生きた聖フランシスコの面影がよみがえってきます。
*ローマのラテラン大聖堂の中には、十二人の使徒、使徒聖パウロの像が安置されています。その像の中には、聖人たちの生涯が彫刻の中に描かれています。
*有名な画家などは、競って聖書を題材にした作品を作っていきました。作品には作者の信仰告白が見えてくる感じです。
