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カトリック入門

第250回 第六の掟「結婚による出産」【動画で学ぶ】

1 結婚の目的
*夫婦愛は本来子どもの出産に向けられているものなので、出産はいわば賜物であり、結婚の目的なのです。子どもは、夫婦の相互愛に対して外部から付録として与えられるものではありません。夫婦相互の与えあう心の中から付録として与えられるものではありません。夫婦相互の与えあう心の中から生まれ出るものであり、その実りであり成就なのです。したがって、「生命を守る」教会は、「夫婦行為の一つひとつが、それ自体、生命の産出に向けられていなければならない」と教えています。「教会の教導職によってしばしば説かれてきたこの教えは、夫婦行為のうちに共存する一致の意義と産児の意義との間には、神によって定められ、人間が勝手に切り離すことのゆるされない不可分なつながりが存在することを前提としています」。
*いのちを与えるために召された夫婦は、神の創造の力と父性とにあずかります。「人間の生命を伝達し、人間を育てる任務(これは夫婦の固有の使命と考えるべきものです)において、夫婦は自分たちが創造主である神の愛の協力者であり、いわばその解釈者であることを知っています。したがって、人間として、またキリスト者としての責任をもって自分たちの務めを果たすべきです」。
*この責任は特に計画出産の問題において重視される必要があります。正当な理由があれば、夫婦は子どもの出産に間隔をあけることができます。ただし、確認しておかなければならないのは、その決定は盲目的な自己愛(利己主義)に由来するものではなく、責任ある親としての正統派配慮によるものでなければならないということです。そのうえ、客観的な倫理基準にしたがって自分たちの行為を規定する必要があります。

2 子どもの出産
*「夫婦愛と生命伝達の責任との調和が問題となるときには、行為の倫理性は意向の純粋性や動機の評価だけに依存するものではありません。それは人間とその行為の本性から引き出された客観的基準、真の愛の連関において相互授与と人間繁殖の十全な意味を守る基準によって、定められるべきです。このことは夫婦間の貞潔の徳をまじめに実践することなしには実現できません。
*「この一致と産児の本質的意義がともに守られるとき、はじめて夫婦の行為は、相互の、真実な意味を持ち、親となるという、人間に与えられたきわめて崇高は使命への秩序づけを保持するのです」。
*定期的禁欲、自己観察に基づいた計画的出産法、ならびに不妊期間の利用などは、客観的倫理基準にかなったものです。以上のような方法を用いることは、夫婦のからだを尊重し、二人の間の思いやりをはぐくみ、正しい自由の教育に寄与することにもなります。これに反して、「夫婦行為が予見され、あるいは行われ、あるいはその自然的結果へ向かっているときに、達成すべき目的としてあるいは用いるべき手段として、出産をさまたげることを意図する行為」は、どのようなものであろうともそれ自体として悪いものである。
*「人間の生命とそれを伝達する務めは、この世のみに限定された現実ではないし、このような観点からのみ評価し理解しうるものではなく、常に人間の永遠の目的に関連して考えなければならないことを、すべての人がしるべきです」。
*国には、国民の幸せについての責任があります。それゆえ、人口動態を方向付けるために介入するのは正しいことです。ただし、人間を尊重する客観的情報を提供するという形で介入することはできても、高圧的で強制的な手段を用いることはできません。夫婦の自発的考えを国が無理やりに自分に従わせようとすることはゆるされません。夫婦こそが、子どもの出産や教育についての第一の責任者だからです。この分野においては、国には道徳律に反する手段を用いて介入する権利はありません。

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