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おうち黙想

第4回 黙想講話:エルメス/ロゴ ――「不在」の神学 〜シランス・オートクチュール:ハイブランドで学ぶイエス・キリストの着こなしかた〜

1. 描かれなかった「主役」

 エルメスのロゴを、あらためて凝視してみてください。そこには優雅な四輪馬車と、気品ある馬、そしてその傍らに立つ従者が描かれています。しかし、このロゴには決定的な特徴があります。
 馬車に乗るはずの主役――「主人(公爵)」の姿が、そこには描かれていないのです。
 最高級の馬具商として出発したエルメスにとって、主役とは本来、その馬車に揺られる顧客であるはずでした。しかし、ロゴの中で座席は空いたままです。それにもかかわらず、そこには混乱も焦燥もありません。馬は穏やかに制御され、従者は静かに立ち、主人がいつ現れてもいいように、完璧な秩序が保たれています。
 ここに、エルメスの哲学があります。「主役を前に出さない。支配を誇示しない。それでも世界は整っている」。この「空席の秩序」こそが、私たちが神という存在を理解するための、最も高度で繊細な入り口となります。

2. 「ここにはおられない」という福音

 聖書の神もまた、エルメスのロゴのように、しばしば決定的な場面で「姿を隠す」方として現れます。復活の朝、悲しみに暮れる女たちがイエスの遺体を探して墓を訪れたとき、御使いはこう告げました。
 「あの方は、ここにはおられない。(ルカによる福音書 24:6)」
 キリスト教において、これほど衝撃的な宣言はありません。救いの中心であるはずの主が「不在」であること。しかし、この「ここにはおられない」という沈黙の瞬間から、世界はかつてないほど激しく、新しく動き始めました。
 私たちは、神がはっきりと姿を現し、操縦席に座って直接命令を下してくれることを望みます。「進むべき道を示してほしい」「悪を裁いてほしい」。しかし神は、私たちが最も助けを必要とする時に限って、エルメスのロゴの主人のように沈黙し、姿を隠されることがあります。それを私たちは「不在」と呼び、絶望と名付けてしまいがちです。

3. 支配ではなく「委任」としての沈黙

 なぜ神は、馬車の主役として堂々と姿を現さないのでしょうか。それは、神が私たちを「奴隷」ではなく、その場を任せるに足る「自由なパートナー」として扱っておられるからです。
 エルメスのロゴの基になった絵画(『Duc Attelé』)をよく見ると、主人は不在ですが、馬車を引く準備を整え、馬の傍らに立つ従者の姿があります。これは支配ではなく「委任」の姿です。主人があえて姿を見せず、従者にその場を委ねているとき、そこには「信頼」という名の関係が生まれます。
 エルメスのロゴが語っているのは、こういうことです。「主役が見えなくても、世界は壊れていない。主人が姿を隠しているのは、従者であるあなたを、そして整えられたこの世界を、心から信頼しているからだ」と。
 神が沈黙しているとき、それは神があなたを見捨てたのではありません。むしろ、あなたが自分の足で立ち、自分の意志で馬を制御し、整えられた日々を歩んでいくことを、神が最高の敬意を持って「見守っている」という証しなのです。

4. 操縦席を空ける勇気

 私たちは自分の人生の「主役」になろうと躍起になります。あるいは、神に「主役」としてすべてを解決してもらおうと縋り付きます。しかし、エルメスのロゴが示す救いは、そのどちらでもありません。それは、「主役の座を空けておく」という美学です。
 すべてを自分の思い通りにコントロールしようとせず、かといって放り出すのでもない。従者のように、与えられた持ち場で最善を尽くし、馬(情熱や環境)を整え、静かに「その時」を待つ。主人が見えないからといって投げ出すのではなく、見えない主人の存在を感じながら、世界を美しく保ち続けること。
 信仰とは、神に操縦してもらうことではなく、神が沈黙していても「道は保たれている」と信じて、一歩を踏み出す勇気のことです。

5. 黙想の終わりに

 いま、あなたの人生で神が沈黙しているように見えるなら、それは「エルメス的な救い」の中にあなたがいるということかもしれません。
 神は、操縦席から叫び声を上げながらあなたを追い立てる方ではありません。神は、あなたが今日を生き抜くことを静かに信頼し、あなたにその場を託しておられます。
 問いは、一つだけです。神の沈黙を、あなたは「不在」と呼ぶでしょうか。それとも、あなたへの「最高の信頼」と呼ぶでしょうか。
 ロゴの中の従者が、主人の不在を嘆かず、ただ静かに馬の傍らに立っているように。あなたもまた、答えの出ない沈黙の中で、今日という日を丁寧に整えてみてください。その「空席」こそが、神があなたと共に歩んでおられる、何よりの証拠なのですから。

【黙想のための問い】
あなたの人生という馬車の中で、今、神に「操縦してほしい(答えをだしてほしい)」と焦っている部分はどこでしょうか。そこで一度手を放し、神があなたを信頼して任せてくれている、という感覚に浸ってみてください。

※補足:エルメスのロゴについて 1945年に商標登録されたこのロゴは、フランスの画家アルフレッド・ド・ドルーの石版画『Duc Attelé(四輪馬車と従者)』に着想を得たものです。エルメスは「エルメスは最高品質の馬車と馬を用意しますが、それを御すのはお客様ご自身です」という哲学をこのロゴに込めています。

  • 記事を書いたライター
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カトリック司祭。愛媛県松山市出身の末っ子。子供の頃から“甘え上手”を武器に、電車や飛行機の座席は常に窓際をキープ。焼肉では自分で肉を焼いたことがなく、釣りに行けばお兄ちゃんが餌をつけてくれるのが当たり前。そんな末っ子魂を持ちながら、神の道を歩む毎日。趣味はメダカの世話。祈りと奉仕を大切にしつつ、神の愛を受け取り、メダカたちにも愛を注ぐ日々を楽しんでいる。

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