書籍情報、店舗案内、神父や修道士のコラムなど。

カトリック入門

第244回 第五の掟「人間の尊厳」【動画で学ぶ】

序)第五の掟は、直接的で意図的な殺人を重大な罪として禁じています。今回は人間の尊厳について考えてみましょう。

1 他人の霊魂の尊重
*つまずきとは他人を悪にいざなう態度、もしくは行為のことです。つまずきを与える者は隣人を誘惑し、徳や正しさを傷つけ、兄弟姉妹を霊的死に巻き込むこともありえます。ある行為によって、あるいはなすべきことをしないことによって他人を意図的につまずかせることがあります。
*つまずきは、それを引き起こす原因となる者が権威を持つ人であったり、それを受ける者が弱い人であったりする場合は、特別に重い罪となります。キリストはこのようなつまずきの重さを説明するために、「わたしを信じるこれらの小さな者の一人をつかずかせる者は、大きな石うすを首にかけられて、深い海に沈められるほうがましである」(マタイ18・6)という厳しいことばをあえてお使いになりました。本来的にあるいは務めの上から他の人々を教え訓育する義務のある人々によってなされるつまずきの場合は、とくに重いものとなります。イエスはこのことについて律法学者やファリサイ派の人々を非難し、羊の皮を身にまとったおおかみになぞらえておられます。
*つまずきは法律や制度、流行や世論などによって引き起こされることもあります。
*風紀ないし宗教生活の堕落、あるいは「故意であろうとなかろうと、律法の至高の判定者による掟にかなったキリスト教的生活原理を困難にしたりほとんど不可能にしたりする社会的状況」などを生じさせる法律や社会構造を定める人々は、つまずきの罪を犯します。不正行為を起こさせる規則を押し付ける企業家や、子どもたちを不当に「怒らせる」教育者、世論を操作して世人を倫理的価値に背かせる人々なども同様です。
*権力を濫用して悪行へのいざないとなる状況を作り出す者は、つまずきの罪を犯し、直接・関節に助長した悪の責任を負うことになります。「つまずきは避けられない。だが、それをもたらす者は不幸である」(ルカ17・1)。

2 健康の尊重
*生命および身体的健康は、神からゆだねられた貴重なたまものです。他人の必要や共通善などのことを考慮しながら、賢明に自分の健康に留意しなければなりません。国民の健康管理のためには、社会の援助が必要です。この援助によって、成長し、成熟するための存在の諸条件、すなわち食・衣・住、健康管理、基礎教育、仕事、社会福祉などが得られるのです。
*倫理に関する教義は肉体的生命の尊重を促しはしますが、そのことに絶対的価値を置くものではありません。反対に、肉体礼賛を促進させ、そのためにすべてを犠牲にし、肉体の完全さやスポーツ上の成功を絶対化しようとする考えを退けます。そのような考え方は、強者と弱者とを差別して、倒錯した人間関係をもたらすことになりかねないのです。
*節制の徳は、貪食、暴飲、過度の喫煙や薬物の服用などの、あらゆる種類の行き過ぎを避けさせます。飲酒運転やスピードに酔いしれることもこれらに該当します。
*麻薬の使用は人間の健康といのちを非常な危検に陥れます。厳密な治癒的処方以外での使用は、大きな罪です。麻薬の密造や密売は恥ずべき行為です。道徳律とはまったく相反するものの使用を促す行為に直接に協力するものだからです。

RANKING
DAILY
WEEKLY
MONTHLY
  1. 1
  2. 2
  3. 3
  1. 1
  2. 2
  3. 3
  1. 1
  2. 2
  3. 3
RECOMMEND

RELATED

PAGE TOP