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みことばの響き

洗礼の恵み 主の洗礼(マタイ3・13~17)

 洗礼について一冊の要理書には次のように記されています。「洗礼とは、人が神の子として新たに生まれ、教会の一員となる秘跡です。洗礼によって、人はキリストの死と復活の神秘にあずかり、原罪および自罪とその罰がゆるされ、成聖の恩恵を受けて神の子となり、永遠の生命を受け継ぐようになります」(「カトリック要理」サンパウロ刊)と。他にも洗礼に関する説明の仕方があるでしょうが、一つの回答と言えるでしょう。洗礼の儀式で考えてみると、水を注ぐのは罪を洗い清め、キリストと共に死に、キリストと共に復活し、生きることを意味しています。

 今日は「主の洗礼」をお祝いしていますが、罪のないキリストがどうして洗礼を受ける必要があったのでしょうか。洗礼者ヨハネが今日のみことばで「わたしこそ、あなたから洗礼を受けるべきなのに、あなたが、わたしのところへ来られたのですか」(マタ3・14)と。イエスは「今は止めないでほしい。正しいことをすべて行うのは、我々にふさわしいことです」(マタ3・15)と語ります。洗礼者ヨハネは、イエスには洗礼の必要がないことを知っていたので、洗礼を授けることについて躊躇します。しかし、イエスが他の人の場合と異なり、悔い改めのしるしとしてではなく、神のみ旨を果たすために洗礼を受けるのだと理解して、洗礼者ヨハネはイエスに洗礼を授けます。父である神への誠実さを私たちに示すこと、その第一歩がイエスの洗礼でした。このようにしてイエスは、ご自身の洗礼によって人の罪を担う苦難のしもべとして歩むことを表明していきます。

 イエスは洗礼を受けると天がイエスに向かって開け、神の霊が鳩のように御自分の上に降ってくるのをご覧になります。イエスの洗礼を通して、洗礼の恵みや豊かさを、さらにはイエスの使命を理解することができます。

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